はじめまして。当ブログを運営しているR-TOMと申します。
私は現在、65歳現役の診療放射線技師として、有床クリニックにて「一人技師」として元気に現場に立っています。
このブログは、「今の職場やこれからのキャリアに悩んでいる若手診療放射線技師」のあなたに向けて書き始めました。
私自身が歩んできた泥臭くも真剣だった足跡が、悩めるあなたの道標になれば幸いです。
6回の転職と、20年間の技師長経験
私のこれまでの歩みは、少し異色に見えるかもしれません。
診療放射線技師の国家試験に合格し、最初は大規模総合病院に勤務しました。しかし、大病院ならではの風習に疑問を感じ、たまたま出会った「注腸技術の習得」を目的に最初の転職を決意。そこから通算6回の転職を経験してきました。
客観的に見れば「飽きっぽい性格の技師」と思われるかもしれません。
しかし、私はその時々で「自分の生きたい生き方」と「磨きたい技術」に忠実に向き合ってきた結果だと自負しています。
その証拠に、その後に出会った透析病院では20年以上勤務し、技師長も務めさせていただきました。
技師長時代には、多くの若手技師たちと出会いました。時にはジェネレーションギャップを感じ、私とは全く違う考え方に驚かされることもありましたが、それも含めて「これからの時代を担う若手たちに、自分が残せるものは何か」を考える大切な時間となりました。
人生の転機:震災の記憶とポータブルエコー
私の技師人生の中で、最も強烈に記憶に刻まれている出来事があります。それは、東日本大震災の時のことです。
電気も通らない避難所に、ポータブル超音波(エコー)装置を持って下肢静脈血栓症(エコノミークラス症候群)の検査に赴きました。過酷な環境の中、被災された方々と深く触れ合う中で、私はそれまで以上に「医療の本質」と「診療放射線技師としての本当の誇り」を強く実感したのです。
この時の詳しいエピソードは、こちらの記事に心を込めて書き綴っています。ぜひ合わせてお読みください。
👉 [【震災の記憶】電気のない避難所でポータブルエコーが教えてくれた、診療放射線技師の本当の誇り]
なぜ今、65歳でブログを始めたのか
定年を迎え、再雇用となった今、なぜわざわざブログという新しい挑戦を始めたのか。
それは、診療放射線技師という仕事が大好きだからであり、同時に「離職率の高さや職場の人間関係に悩み、道を見失いかけている若手技師」を一人でも救いたいからです。
65歳になった今だからこそ、そして大病院からクリニックまでを渡り歩き、技師長として組織も見てきた私だからこそ、あなたに伝えられる「失敗しないキャリア論」や「現場で使える技術のコツ」があります。
あなたの技師人生が、より豊かで誇り高いものになるように。
このブログから、精いっぱいのエールを送り続けます。